[政治]議員定数削減の「落とし穴」

最近、テレビの情報番組や政治番組で、「議員定数半減」とか「議員定数削減」を叫ぶ評論家やコメンテーターが目につく。


まず、寺島実郎。この評論家はひところ、「基軸」と言う言葉が好きで、番組内で、この言葉を頻繁に使っていたから、その「基軸」の印象が強いのだが、最近は「定数半減」が好きなようだ。ゴールデンウィークが始まる前の、たしか「サンデーモーニング」の番組で、『政治でメシを食っている政治家が多いから、定数を減らしゃいいんですよ!』と言い放った。同じ内容のことを、辛抱治郎が司会する番組でもコメントした。どうも寺島は、定数を減らせば「政治屋」がいなくなる、と考えているらしい。おめでたい人だ。
政治屋」は定数を減らしても、残った議席に、あらゆる手段で座り続けるのだ。駆逐されるのは「政治家」なのだ。


もう一人は、テレビ朝日の三反園とかいうコメンテーター。つい最近のみのもんたの番組で、くわしい内容はわすれたが、三反園の結論が「議員定数削減」であった。


この国会議員の「定数半減」「定数削減」は地方議会にも影響を及ぼしている。民間は苦しんでいるのに、公務員は給与が高い、議員報酬が高い!、だから報酬削減、定数削減!と叫ぶ首長がマスコミを賑わせて有権者の支持を得ている。その割に、政党交付金の削減には全く触れない。


この手の評論家たちは、民主主義を連呼しながら、民主主義を理解できないでいるエセ評論家たちなのだ。民主主義は多数決が原則だが、その原則には、少数家意見の尊重が担保されていなければならない。現在の選挙制度のもとで「定数削減」「定数半減」になれば、それこそ、同じ穴のムジナだけの議会になり、「政治屋」たちの楽園となる。

国家議員の定数削減、定数半減は、国民の幸福の「削減」「半減」となることを有権者は理解するべきである。


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