集団的自衛権のいきつくところ

 今日は朝からテレビで「憲法記念日」を特集し、その中で特に「集団的自衛権」が議論の中心であった。そのなかで、自民党を筆頭に、改憲派集団的自衛権行使の主張のなかで抜けているものは、外交による「平和的解決」である。この「平和的解決」とい視点が全くない。とにかく、同盟国が攻撃されたら日本が攻撃されているものとみなし、相手を攻撃できるという主張を繰り返す。

 「自衛」のためでなく、同盟関係の「他国」防衛のために「自衛権」を行使するのである。「他国」とは米国のことだが、もし米国と一緒に相手国とたたかうとなったら日本に指揮権はない。駆けつけて、米軍に指示を仰ぐことになるはずだ。

 たとえば、このようなことも考えられる。

自衛隊:今、到着しました! どこで戦えばいいですか?

米軍:ご苦労! 自衛隊のみんなには、ここへ行ってほしい!

自衛隊:ここって、最前線ですな。

米軍:そうだ。自衛隊に行ってもらうところは、一番きけんなところだ。

自衛隊:わかりました! じっちゃんの名に懸けて、いやもとい、日本の名に懸けてさっそく向かいましょう!

(米軍の腹の内は・・)
日本は戦争したがってるから、一番危険な最前線に行かせよう!(イヒヒツ)
そして最前線の米軍は後方に戻そう!
まぁ、米軍兵が死ぬより、日本人が死んだ方が米国では支持されるからな。
それと米国のために死んでくれた自衛隊員は「靖国」ではなく、アーリントン墓地に埋葬してあげようか。


こんな結末が待っていることになる。